AIとスーパーコンピューターで広大な銀河地図を解読

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スーパーコンピューターで何百万回も実施する模擬宇宙のシミュレーションの大半をAIによる機械学習で肩代わりすることで、現実の銀河分布と合う宇宙論パラメータが精度良く求められた。

【2022年7月26日 国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト

宇宙論の研究によって、宇宙は大量のダークエネルギーやダークマターで占められているという標準モデルが確立しつつある。このモデルを検証する上では、ダークマターの総量や密度のゆらぎ具合といった「宇宙論パラメーター」を高精度で決定することが重要である。

宇宙論パラメーターを知るには、値を少しずつ変えて模擬宇宙をシミュレーションし、できあがったいくつもの模擬宇宙と現実に観測された宇宙を比較する手法がとられる。しかし、1つの模擬宇宙を作るだけでもスーパーコンピューターによる膨大な計算が必要となる上に、比較のためには何百万個もの模擬宇宙を作らなければならない。これまでは近似的なシミュレーションが用いられてきたが、正確な結果を再現できない問題があった。

米・アリゾナ大学の小林洋祐さんと京都大学の西道啓博さんたちの研究チームは、人工知能(AI)を活用することで高精度と高速を両立させた手法を実現した。小林さんたちはまず国立天文台のスーパーコンピューター「アテルイII」を使って、宇宙論パラメーターを変えた101通りのシミュレーションを近似せずに行った。続いてその結果をAIに機械学習させることで、膨大な計算をしなくても、入力された宇宙論パラメーターから1秒以内に検証のために必要な結果を出力できるソフトウェア(エミュレーター)を開発した。

手法の概念図
宇宙の構造形成の理論模型を高速・高精度で計算する手法の概念図。大規模構造の形成を再現するシミュレーション群をデータセットとしてニューラルネットワークに学習させることで、実際にはシミュレーションを行っていない宇宙論パラメーターに対しても、大規模構造に広がる銀河分布の性質をシミュレーションと同等の精度で1秒以内に計算できる(提供:カブリIPMU、国立天文台)

続いて、銀河の三次元分布を調べたスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)の観測データを、エミュレーターから得られた数百万通りの計算結果と比較し、宇宙論パラメーターを推定した。その結果、現在の宇宙の密度ゆらぎ(物質の分布のムラ)を誤差約5%の精度で測定することに成功した。従来の解析方法では達成されていなかった高い精度だ。

SDSSと数値シミュレーション予想の比較
(左)SDSSによる約100万個の銀河地図(上)とその拡大図(下)。(右)左下図と同じ大きさの領域に対して、AIが導き出した宇宙論パラメーターを採用した数値シミュレーションから予想されるダークマターの分布(上)と、ダークマターが密集した場所に形成される銀河の分布(下)。AIと数値シミュレーションが予想する銀河の分布には、実際の観測データとよく似た銀河団やフィラメント、ボイドなどの特徴的パターンが見られる。画像クリックで表示拡大(提供:西道啓博)

近年、複数の大規模観測の結果から、これまで定説とされてきた最も単純な宇宙モデルに綻びがある可能性が指摘されている。今回開発されたAIを用いた解析手法は、その指摘に対してこれまでとは異なる視点から答えを導き出せる。

今後さらにエミュレーターの精度を高め、すばる望遠鏡の超高視野多天体分光器「PFS」による観測から作成される銀河地図などに適用することで、宇宙を特徴づけるダークマターの総量やダークエネルギーの性質の解明につながることが期待される。

宇宙論パラメーターの測定結果
SDSSの観測データと本研究の機械学習に基づく方法の理論模型との比較から得られた宇宙論パラメータの測定結果。薄い、濃い青色の領域は測定結果の68%、95%の信頼区間で、この領域のなかにそれぞれの確率で真の値が存在することを意味する。オレンジ色の領域は先行研究の結果(提供:小林洋祐)

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