三つ子の赤ちゃん星にガスを届ける渦状腕
【2023年8月8日 アルマ望遠鏡】
恒星の多くは、分子雲の中で連星や三重連星などの「多重星」として誕生する。多重星がどうやってできるのかを理解することは、星の誕生過程を知る上で重要だ。
多重星が生まれるシナリオとしては主に、ガス雲が乱流でいくつかの塊に分裂して複数の原始星ができるという「乱流分裂シナリオ」と、1個の原始星を取り巻くガス円盤が分裂して新たな原始星ができるという「円盤分裂シナリオ」がこれまでに提唱されているが、どちらのモデルが正しいかを示す観測的証拠がなく、議論が続いていた。
最近の観測では、原始星に向かって流れる「ストリーマー」というガス流がしばしば見つかっている。いわば、成長のもととなるガスを原始星に送り届ける「へその緒」のような構造だが、ストリーマーがどのように作られるのかは解明されていない。
韓・ソウル国立大学のJeong-Eun Leeさんたちの研究チームは、おうし座の方向約460光年の距離にある三重の原始星、「IRAS 04239+2436」の周辺をアルマ望遠鏡で観測し、一酸化硫黄(SO)の分子が出す電波で高解像度・高感度の撮像を行った。SO分子は星間分子雲の中でも特に衝撃波が存在する場所でよく検出されるので、原始星の周りの激しいガス運動を調べるのに適している。
三重原始星「IRAS 04239+2436」の想像図(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO))
観測の結果、この3個の原始星の周囲に長さ約400au(600億km)にもおよぶ細長い3本の渦状腕が見つかった。これは海王星軌道の半径の10倍以上に相当する。また、電波のドップラー効果からSO分子ガスの速度を観測したところ、渦状腕のガスは三重原始星に向かって流れ込むストリーマーであることが明らかになった。
「最も興味深いのは、SO分子輝線で観測されたきれいな複数の渦状腕です。最初の印象では、渦状腕は中心の三重原始星の周りでダンスしているようでした。しかし、それらの渦状腕は赤ちゃん星に物質を供給している流れであることがわかりました」(Leeさん)。
さらにLeeさんたちは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピューター「アテルイ」「アテルイII」を使って、ガス雲から多重星が誕生する様子をシミュレーションした。この数値計算によって、ガス雲の中で三重原始星ができ、その周りの乱流から渦状腕状の衝撃波が生じてストリーマーとなり、3つの原始星にガスを供給する様子を再現できた。
「観測で得られた渦状腕とストリーマーの速度は、数値シミュレーションととてもよく一致していました。これはまさに、数値シミュレーションがストリーマーの起源を説明していると言えます」(法政大学 松本倫明さん)。
(左)アルマ望遠鏡がとらえたIRAS 04239+2436周辺のガスの分布。(右)数値シミュレーションで再現されたガスの分布。アルマの画像で青色で示されている点源A、Bは、原始星を取り巻く円盤の塵が出す電波をとらえたもの。Aは分解されていない2個の原始星からなる。シミュレーション画像の3個の「+」が3つの原始星の位置を示す(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)、 J.-E. Lee et al.)
今回の観測と数値シミュレーションの比較から、この三重原始星は乱流分裂シナリオと円盤分裂シナリオを組み合わせたモデルで説明できることもわかった。シミュレーションによると、乱流状態のガス雲の中で円盤が分裂して原始星の種がいくつかでき、その周囲では乱流によって渦状腕が広く長くたなびく。アルマ望遠鏡の観測データはこのシミュレーション結果と非常によく似ていた。
「天体の起源とストリーマーの起源を統一的に解明したのは、この天体が初めてです。アルマ望遠鏡による観測とシミュレーションが手を組むことで、多重星形成の新しい姿が見えて来たのです。今回の観測成果は、多重星形成シナリオの論争の収束に大きく寄与することでしょう。また最近注目のストリーマーについても、その存在の観測に加え、それらがどのように作られたのかについても説明できたことは大きな進歩です」(松本さん)。
2020年に公開された多重星形成のシミュレーション動画。「アテルイ」で計算が行われた。今回観測された三重原始星IRAS 04239+2436もこれと同様の過程で誕生したと考えられる(提供:シミュレーション:松本倫明 / 可視化:武田隆顕 / 国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
〈参照〉
- アルマ望遠鏡:3本の腕でガスを吸い込む三つ子の赤ちゃん星
- The Astrophysical Journal:Triple spiral arms of a triple protostar system imaged in molecular lines 論文
〈関連リンク〉
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