銀河宇宙線がタイタンの大気深くまで届いている証拠を発見
【2020年2月17日 アルマ望遠鏡】
土星で最大の衛星タイタンは、約94%を占める窒素と約5%のメタンからなる分厚い大気を持っている。惑星探査機「ボイジャー」や「カッシーニ」によるこれまでの観測で、タイタンの大気からシアン化水素(HCN)やプロパン(C3H8)など様々な分子が見つかっており、こうした分子から、生命の構成要素であるアミノ酸も生成されるかもしれないという研究もある。
東京大学の飯野孝浩さんを中心とする研究チームは、タイタンの大気中にごくわずかに存在する「アセトニトリル(CH3CN)」という分子に着目した。アセトニトリルは有機溶媒としてよく使われる液体だが、タイタンの大気中では気体分子として存在する。
アセトニトリルのような窒素化合物は、タイタン大気の窒素分子(N2)が壊されて2個の窒素原子(N)になり、これが水素・炭素を含む他の分子と反応して作られる。N2分子を壊すのは、太陽からの紫外線や、天の川銀河の中を飛び交っている高エネルギーの宇宙線(銀河宇宙線)だ。ただし、紫外線と銀河宇宙線ではN2分子の分解の仕方が微妙に異なっている。
N2分子を形づくっている窒素原子のほとんどは、陽子7個と中性子7個からなる窒素14(14N)だが、中性子が1個多い窒素15(15N)という安定同位体もわずかに存在する。地球上では窒素原子の約0.36%が15Nだ。
紫外線がN2分子を壊す場合、2個とも14NからなるN2分子と、Nの片方または両方が15NになっているN2分子とでは、吸収する紫外線の波長がわずかに違う。また、大気の最上層から紫外線が侵入してN2分子を壊していくと、徐々に紫外線が吸収されて減るために、ある高度より深い場所には紫外線が届かなくなる。この効果は「自己遮蔽」と呼ばれ、存在量がより多い14N2分子の方により強く働き、15Nを含むN2分子にはあまり効かない。そのため、紫外線による分解では、大気の深い場所ほど15Nの割合が多くなる。
一方、銀河宇宙線はエネルギーが約100MeV~1GeVと極めて高いため、同位体の種類によらず、衝突したN2分子をすべて壊してしまう。このため、銀河宇宙線は大気の深い場所にまで侵入してN原子を作り出すことができ、銀河宇宙線による分解では14Nと15Nの割合は分解前の割合と変わらないという特徴がある。
この性質の違いを使えば、アセトニトリルの同位体比を観測することで、材料となったN原子がどんな高度で、またどんな過程で作られたかがわかるのだ。
飯野さんたちは、アルマ望遠鏡が観測を行うときに、目標天体とは別に、大きさや表面温度がよくわかっている太陽系天体を比較対象として必ず観測することに目を付けた。この較正用データとして過去に得られていた大量の観測データから、タイタン大気の14Nと15Nを含むアセトニトリル分子が回転するときに出す電波の信号を抽出し、分析した。
その結果、タイタンの大気に含まれるアセトニトリルの量はおよそ10ppb(約1億分の1)で、15Nを含むアセトニトリルの割合は14Nを含むアセトニトリルの約125分の1であるという値が得られた。この比率は、シアン化水素(HCN)やシアノポリイン(HC3N, HC5Nなど)など、他の窒素化合物での場合に比べるとやや小さい。
また飯野さんたちは、アセトニトリルの電波スペクトルの形から、大気中の高度に応じたアセトニトリルの存在量を推定することにも成功した。その結果、タイタンでは大気の上層部から高度約150kmまでの範囲でアセトニトリルが比較的多く存在していることがわかった。
これらの結果は、タイタンの成層圏(高度約40~300km)の深い場所でも銀河宇宙線によってN2分子が分解されアセトニトリルが作られていることを示すもので、銀河宇宙線がタイタンの大気成分に影響を与えていることを示す初めての観測的証拠だと研究チームでは考えている。
(文:中野太郎)
〈参照〉
- アルマ望遠鏡:地上大型電波望遠鏡により、土星の衛星タイタンの大気成分の詳細な観測に成功 ~太陽系外からの放射線が大気成分に与える影響を明らかに~
- The Astrophysical Journal:14N/15N Isotopic Ratio in CH3CN of Titan's Atmosphere Measured with ALMA 論文
〈関連リンク〉
- アルマ望遠鏡
- 宇宙航空研究開発機構研究開発報告: 宇宙科学情報解析論文誌: 第7号:ビッグデータ太陽系天文学の創成のためのALMAキャリブレーション観測データの悉皆的解析システムの検討と構築 ALMAのキャリブレーションデータ活用について
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