星の周りで有機物に取り込まれる窒素と重水素
【2023年1月10日 東京大学】
窒素は生命の材料となるアミノ酸に欠かせない元素だ。小惑星探査機「はやぶさ2」の探査結果などから、アミノ酸は太陽系外縁部の低温環境下で生成されたと考えられている。だが窒素がどのような過程で有機分子に取り込まれてアミノ酸へ成長するかは、まだ十分に理解されていない。
また、重水素はビッグバン直後に生成された後、恒星内部の核融合反応で徐々に減少したと考えられていて、宇宙における物質進化の重要な指標とされている。ところが宇宙空間で実際に観測される重水素の量は理論よりも少なく、どこに潜んでいるかは不明のままだった。
これら2種類の元素について調べるため、明星大学の尾中敬さんたちの研究チームは、日本の赤外線天文衛星「あかり」が観測した若い大質量星「AFGL 2006」周辺の近赤外線分光スペクトルを詳細に解析した。AFGL 2006の周辺には物質が比較的高密度に集まった低温の領域があり、星が発する強い紫外線を受けた化学反応が進んでいると考えられる。
いて座方向に位置するAFGL 2006。赤外線(3.6-5.8μm)の擬似カラー画像。水色の長方形が赤外線衛星「あかり」でスペクトルを取得した領域(提供:東京大学リリース、以下同)
解析の結果、AFGL 2006周辺から、窒素を含む低温の有機化合物であるシアネートイオン(OCN-)による吸収スペクトルが検出された。シアネートイオンは窒素が複雑な有機分子に成長する初期段階と考えられていて、その生成には紫外線が関与しているという説がある。今回の解析結果では、紫外線強度が高い領域ほどシアネートイオンの存在量も多いという傾向が見られ、窒素の取り込みに紫外線が重要な役割を果たしていることが裏付けられた。
さらに、有機物の一種である芳香族炭化水素で、炭素に結合しているのが通常の水素ではなく重水素だった場合に発する赤外線も検出された。生命の材料としても注目される多環芳香族炭化水素(PAH)からの赤外線も同じ領域で観測されているため、低温環境下で重水素がPAHに取り込まれている可能性を示す結果だ。
(a)「あかり」が取得したAFGL 2006の近赤外線スペクトルの例(黒線)。低温の領域によく観測される水の氷、二酸化炭素の氷の吸収が3μm、4.26μmに見られる。加えて、3.3μmには多環芳香族炭化水素の炭素と水素の結合の特徴を表す輝線バンド、4.05μmには水素原子の遷移輝線が見られ、さらに4.65μmには複雑な構造を持つ吸収線が見られる。(b)4.65μmの吸収線を吸収の深さに変換し、それぞれの成分に分けた図。緑は予想される水素の輝線を示すし、紫、灰色、橙の線はそれぞれ、シアネートイオン、一酸化炭素の氷およびガスの吸収を示す。赤線は全体を組み合わせて観測にフィットしたモデルスペクトルを表す。(c)4.4μmに見られる多環芳香族炭化水素の炭素と重水素の結合に起因する超過成分を取り出した拡大図
今回、若い大質量星の周辺における窒素と重水素それぞれの足取りをたどる重要な手がかりが得られた。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の赤外線観測により、さらに詳しいことが明らかになるだろう。
AFGL 2006の想像図。中心にあるAFGL 2006が紫外線を放射し、周りのガスを電離している。その周りを中性ガスがとりまき、観測者との間にはシアネートイオンを含む氷の層がある。4.4μmの重水素―炭素結合による超過は氷の層と中性ガスの境界近くで放射されていると考えられる
〈参照〉
- 東京大学大学院理学系研究科・理学部:窒素と重水素は宇宙のどこにあるか?― 若い大質量星の赤外線観測が明らかにした、シアネートイオンと有機物中の重水素
- The Astrophysical Journal:Near-infrared Spectroscopy of a Massive Young Stellar Object in the Direction toward the Galactic Center: XCN and Aromatic C–D Features 論文
〈関連リンク〉
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