連星のダンスで生み出された17重のダストリング
【2022年10月17日 NASA/JAXA宇宙科学研究所】
米・NSF国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab)のRyan Lauさんたちの研究チームが、はくちょう座の方向約5300光年の距離に位置する連星系「ウォルフ・ライエ 140(Wolf-Rayet 140、以降WR 140)」をジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の中間赤外線カメラ(MIRI)で観測し、少なくとも17本の塵のリングが同心円状に連星を取り巻いている様子をとらえた。
これらのリングは完全な円形ではなく、実際には画像に写っているよりもずっと広い範囲に広がったシェル(球殻)構造になっている。
リングの一つ一つは、連星の軌道周期である約8年ごとに年輪のように作られたものだ。2つの星は楕円軌道を描いて互いに公転しており、最も近づくときは地球・太陽間の距離ぐらいまで接近する。そのときに両方の星から吹き出した恒星風が衝突することで、塵が生成される。「この連星系が1世紀以上にわたって塵を生み出してきた様子が見えています。これまでの地上望遠鏡では、2本のリングしか確認できませんでした。JWSTでは少なくとも17本見えています」(Lauさん)。
WR 140の2個の星はともにウォルフ・ライエ星という天体で、太陽の25倍以上という大質量の高温星(O型星)が進化し、まもなく寿命を迎える最晩年の段階にある。ウォルフ・ライエ星は若いころよりもさらに高温になっていて、強い恒星風で外層の物質を大量に宇宙空間へと吹き出している。WR 140の2個の星々は、すでに元の質量の半分以上を失った状態だと考えられている。
天の川銀河にはこのようなウォルフ・ライエ星が数千個以上存在すると推定されているが、これまでの観測では600個ほどしか見つかっていない。「ウォルフ・ライエ星は短命なので私たちの銀河の中では珍しい天体ですが、超新星爆発を起こしてブラックホールを形成する前に多くの塵を生み出す活動を、銀河の歴史全体にわたって行ってきたのかもしれません」(米・カリフォルニア工科大学 Patrick Morrisさん)。
恒星に最も多く含まれている水素は塵の材料にはならない。塵になるのは、星の内部での核融合で作られた炭素などの重い元素だ。LauさんたちはJWSTの中間解像度分光計(MIRI MRS)を使って塵のリングの分光観測を行い、炭素原子を多く含む有機物などの分子が塵に含まれる可能性が高いことを示した。
他のウォルフ・ライエ星の連星系でも周囲に塵が見られるものはあるが、WR 140のように何重にもなったリングは他にない。これはWR 140の連星の軌道が楕円であるためだと考えられる。円軌道に近い連星系ではずっと同じペースで塵が生成され、シェル状の濃淡はできないからだ。
一般に、ウォルフ・ライエ星の周囲は、星からの強い恒星風や放射圧にさらされる激しい環境だが、WR 140のリングは乱されることなく形を保っている。Lauさんたちはその理由として、リングを乱すような他の物質が、WR 140の恒星風によって一掃されているためではないかと考えている。こうした苛酷な環境でも塵のリングが生き残るということは、このような塵が次の世代の恒星や惑星の材料となりうるということでもある。
研究チームの松原英雄さん(JAXA宇宙科学研究所)は、「WR 140のような短命のウォルフ・ライエ星は、初期宇宙にも存在していた可能性が高いです。今回の発見は、宇宙の物質進化を研究する天文学者にとって大きな助けになると思います」と語っている。
〈参照〉
- NASA:Star Duo Forms ‘Fingerprint’ in Space, NASA’s Webb Finds
- JAXA宇宙科学研究所:ウェッブ望遠鏡、ペアの恒星が宇宙空間へ放出したダストのリングをとらえる
- Nature Astronomy:Nested Dust Shells around the Wolf-Rayet Binary WR 140 from JWST 論文
〈関連リンク〉
- NASA - James Webb Space Telescope:
- STScI:
関連記事
- 2024/03/18 ハッブル定数の食い違い、JWSTの観測でも裏付けられる
- 2023/08/07 JWSTがとらえたリング星雲
- 2023/01/27 銀河中心から外れた位置に見つかった巨大エネルギー源
- 2023/01/20 宇宙初期の銀河の大きさと明るさの関係
- 2022/12/21 JWST、生まれたての星を取り巻く有機分子をとらえる
- 2022/12/09 JWSTの画像に写っていた「赤い渦巻銀河」
- 2022/10/26 JWSTによる「創造の柱」の新しい描像
- 2022/09/29 JWST、海王星の環や衛星を撮影
- 2022/09/08 JWSTが系外惑星を初めて直接撮影
- 2022/08/09 最遠銀河の候補をJWSTが撮影、赤方偏移16.7
- 2022/08/05 JWSTが車輪銀河を撮影
- 2022/07/14 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の初成果
- 2022/05/10 JWSTの最終調整完了、科学機器の試運転へ
- 2022/03/25 JWST、鏡が揃って試験観測の結果は上々
- 2022/02/21 JWSTが主鏡調整用に恒星を初撮影
- 2022/01/26 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が最終軌道に到達
- 2022/01/13 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、主鏡などの展開完了
- 2021/12/27 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡、打ち上げ成功
- 2021/11/19 124億年前の星形成銀河でフッ素を検出
- 2021/03/22 急激に成長中の隠れた超大質量ブラックホールを発掘