衝突シミュレーションで探る氷衛星エウロパの構造

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木星の衛星エウロパに関する天体衝突のシミュレーション研究から、エウロパの氷殻の厚さが少なくとも20kmはあり、硬い層ともろい層の2層構造であれば、見つかっている多重リング盆地の地形をよく説明できることが示された。

【2024年3月29日 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト

木星の第2衛星エウロパは、氷殻で覆われた表面の下に液体の塩水をたたえた「内部海」があると考えられており、地球外生命体を探すのに最適な場所の一つと期待されている。こうした海における生命居住の可能性や、そこに生きる生命の特性には、エウロパの表面物質と内部海との間で起こる物質循環や、突発的な彗星などの天体衝突による内部海への物質供給が深く関わっているはずであり、その場合氷殻の厚さが重要な鍵となる。

エウロパは1995年から2003年まで木星系を調べた探査機「ガリレオ」によってフライバイ観測されたが、それ以降は詳しく調べられておらず、もちろん氷の厚さが直接計測されたことはない。そのため、氷殻の厚さの推計には、エウロパの表面にある小さなクレーターなどが用いられてきた。しかし、この方法では、氷殻が薄い場合と、氷殻が硬い層ともろい層で構成されている場合とを区別できないという問題があった。

米・パデュー大学の脇田茂さんたちの研究チームは、これまでの探査で見つかっている、「多重リング盆地」と呼ばれる同心円状の構造を示す大きなクレーターに着目した。多重リング盆地の形成は氷殻の厚さや温度、構造に強い影響を受けることから、その形成過程を解明すれば、氷殻の厚さに制限をつけられると考えたからだ。

多重リング盆地を形成する天体衝突の想像図
エウロパで起こった多重リング盆地を形成する天体衝突の想像図(提供:Brandon Johnson generated with the assistance of AI.)

多重リング盆地「Tyre」
1998年に探査機「ガリレオ」が撮影した、エウロパの多重リング盆地の一つ「Tyre」。同地形の特徴が見てとれる範囲は40kmほどだが、構造全体はもっと大きい(提供:NASA/JPL/ASU

多重リング盆地のような表面構造を作り出すには、どのような物理的特性の組み合わせが必要なのかを特定するため、脇田さんたちは国立天文台が運用する共同利用計算機「計算サーバ」と、複数の物質を扱える数値衝突計算コード「iSALE」を用いた天体衝突シミュレーションを行った。

100通り以上の計算の結果、多重リング盆地が形成されるには、硬い層(リソスフェア)ともろい層(アセノスフェア)の2層からなる、少なくとも20kmの厚さがある氷殻が必要だとわかった。さらに、厚さ20km以上の氷殻の場合はエウロパ表面の2つの多重リング盆地の観測結果とよく一致する結果が得られた。一方で、薄い氷殻を想定したシミュレーションでは、たとえもろい層があっても多重リング盆地の観測結果は再現されなかった。

今回のシミュレーションの動画「「エウロパ上の『多重リング盆地』の形成の衝突シミュレーション」。カラーマップは衝突による変形度合い、白点線は氷殻と内部海の境界線をそれぞれ示す。(右上)シミュレーションの一部(中央の黒枠部分)を拡大したもの。400秒以降に拡大図で見られるV字型の構造(黒破線)は観測と一致するリング構造の形成を表す(提供:国立天文台シミュレーション(CfCA))

「氷殻の厚さは、エウロパ内部で起こるプロセスを制御しており、それは表面と海洋との間の物質交換を理解するためには本当に重要です。つまり、氷の厚さを理解することは、エウロパにおける生命存在の可能性を理論化するために不可欠なのです」(パデュー大学 Brandon Johnsonさん)。

「今回の研究では、氷の厚さの下限値を決めることはできましたが、上限値は決められていません。探査機による観測、特にNASAが今年10月に打ち上げ予定の探査機『エウロパ・クリッパー』によって、その答えが得られる可能性があります。多重リング盆地を観測する際に、今回の研究で得られた厚い氷を念頭に置くことで、氷の厚さだけでなく内部海の深さの情報も得られるかもしれません。そうすることで、よりエウロパでの生命居住の可能性を明確にできると思います」(脇田さん)。