極低温の宇宙空間における有機分子合成を実験室で再現
【2021年11月11日 北海道大学】
惑星や恒星の材料となる、ガスと大きさ0.0001mm程度の氷微粒子からなる星間物質は、最初は摂氏約マイナス263度の状態にある。可視光線では光って見えないことから暗黒星雲とも呼ばれるこのような領域は、様々な有機分子を生成する母胎となっていることがわかってきた。生命を形作る材料の起源は、氷微粒子での物質合成までたどれるかもしれない。
こうした物質合成を調べようとしても、真空・極低温の宇宙空間で起こる化学反応は、私たちに身近な環境で起こるものとは異なるはずだ。また、微粒子表面での反応を再現したとしても、合成される有機分子が非常に微量であることも、研究を困難にしていた。
北海道大学低温科学研究所の渡部直樹さんたちの研究チームは、真空・極低温下の氷表面に存在する原子や分子などを従来のおよそ100~1000倍の高感度で分析できる「セシウムイオンピックアップ装置」を開発した。この装置では、まずエネルギーの低いセシウムイオン(Cs+)を氷の表面に照射し、そこに存在する原子や分子をセシウムイオンが破壊することなく捕獲した後、質量分析器に運び込むことで、表面に存在する分子の種類や量を分析することができる。これにより、今までブラックボックスだった氷表面で、どのような材料から、どのような過程で有機分子が生成されるかを詳しく調べることができるようになった。
渡部さんたちはこの装置を使って「ギ酸メチル(HCOOCH3)」の生成過程を調べた。ギ酸メチルは宇宙のあちこちで見つかっている有機分子で、より複雑な有機分子合成の鍵となる物質である。材料として、多くの有機分子の種になると思われているメタノールを仮定し、これをマイナス263度の宇宙環境を再現した実験装置内の氷微粒子にごく微量吸着させた。そして宇宙空間同様に紫外線を照射して、反応を分析した。
その結果明らかになった過程は次のとおりだ。まず、メタノール(CH3OH)と水(H2O)が紫外線で分解して反応性の高いCH3OとOHラジカルになり、両者が結びついてCH2OHを生成する。これがさらにCH3Oと結合し、メトキシメタノール(CH3OCH2OH)となる。最後に、ここから紫外線で水素原子が2つ取れ、ギ酸メチルが完成する。
ギ酸メチルの合成についてはこれまで多くのプロセスが提案されてきたが、今回の研究成果で特に重要なのは、氷(水分子)が重要な役割を握っていること、そしてそこからメトキシメタノールを経てギ酸メチルが合成されることだという。また、実験結果は宇宙の星形成領域におけるギ酸メチルとメトキシメタノールの観測量ともよく整合している。
今後もこの技術を利用することで、他の宇宙由来の有機分子の合成プロセスが次々と明らかになることが期待される。人類の根源的な疑問である生命の起源に迫るための大きなツールになりそうだ。
〈参照〉
- 北海道大学:宇宙の氷微粒子における原始有機分子合成のレシピが明らかに~宇宙における分子の進化解明に大きな前進~
- The Astrophysical Journal Letters:Efficient Formation Pathway of Methyl Formate: The Role of OH Radicals on Ice Dust 論文
〈関連リンク〉
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