軟ガンマ線の画像化技術を確立、銀河中心やかに星雲を気球観測
【2022年6月21日 京都大学】
比較的波長の短いガンマ線である軟ガンマ線は、宇宙で今まさに元素が作られている現場を直接観測できる唯一の帯域とされる。生成される元素の中にはすぐに崩壊してしまう放射性同位元素もあり、そこから軟ガンマ線が放射されるからだ。
軟ガンマ線観測は1960年代から気球や衛星によって行われているが、この帯域では宇宙線に由来する雑音が他の波長より数桁強く、その中から軟ガンマ線の信号だけを取り出して画像を得る手法は確立していない。これまでで最高級の性能とされる軟ガンマ線観測装置は1991~2000年に活躍したガンマ線天文衛星「コンプトン」の検出器COMPTELだが、ガンマ線の飛来方向を円環状にしか判定できないという弱点があった。これは縦方向だけがわかって横方向がわからないようなもので、二次元の画像を描くことはできない。
そして、軟ガンマ線の観測技術はCOMPTEL以来顕著な進歩がなく、より波長の短い高エネルギーガンマ線と比べても大幅な遅れを取っていて、天文学で唯一の未開拓領域と言われてきた。
京都大学の高田淳史さんたちの研究チームは普通のカメラと同じように軟ガンマ線を画像化する「電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC; Electron-Tracking Compton Camera)」を開発している。
光は波としての性質と粒(光子)としての性質を併せ持っており、光子が電子に衝突するとコンプトン散乱という現象が起こる。そのコンプトン散乱で弾かれた電子と光子のそれぞれの運動量を測定すれば、運動量保存則に基づいて元の光子の入射方向とエネルギーを得ることができる。COMPTELのような従来型の軟ガンマ線観測装置もコンプトン散乱を利用していたが、散乱された電子の進行方向を検出していなかったために、入射した軟ガンマ線の方向を逆算することができなかった。ETCCは電子の飛跡を検出することで軟ガンマ線の入射方向をとらえる仕組みだ。
研究チームは開発したETCCを気球に搭載して実証および科学観測を行う「SMILE(Sub-MeV/MeV gamma-ray Imaging Loaded-on-balloon Experiments)プロジェクト」を進めている。2018年4月にオーストラリアで行った実証実験「SMILE-2+」で、ETCCを載せた気球は26時間余りにわたって水平浮遊し、宇宙からの軟ガンマ線を約24万回検出した。
SMILE-2+のETCCは軟ガンマ線の入射方向を絞ることで、宇宙線による雑音を従来よりも大幅に下げることに成功している。その結果、従来であれば雑音より1桁弱かった宇宙背景ガンマ線(遠方天体からのガンマ線の重ね合わせ)や宇宙線と地球大気の相互作用によるガンマ線を雑音より高い感度でとらえている。さらに、天の川銀河中心方向や、超新星残骸のかに星雲に由来する軟ガンマ線も検出できた。
ETCCは軟ガンマ線が来た方向をとらえられるという利点を活かして、欧米の天文衛星が10年かけて達成した成果に匹敵するほどのデータを1日あまりで得た。高田さんたちは今後、ETCCでの観測により、銀河中心方向の軟ガンマ線放射の起源解明や、宇宙初期の密度ゆらぎから生成された原始ブラックホールや暗黒物質の存在の解明に取り組みたいとしている。また、ETCCによる軟ガンマ線可視化技術は、宇宙天気予報や月・火星の資源探査、さらに医療応用・環境モニタリングなど、多岐にわたる貢献が期待されている。
〈参照〉
- 京都大学:気球による銀河中心からの初の放射線(軟ガンマ線)の直接検出に成功―軟ガンマ線天文学の夜明け
- The Astrophysical Journal:First Observation of the MeV Gamma-Ray Universe with Bijective Imaging Spectroscopy Using the Electron-tracking Compton Telescope on Board SMILE-2+ 論文
〈関連リンク〉
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