ブラックホールを取り巻くコロナの分布、X線偏光で明らかに
【2022年12月1日 理化学研究所】
ブラックホールと恒星が互いの周りを回る連星系を成していると、ブラックホールの強い重力が恒星から物質を引き寄せる。流れ込んだ物質はブラックホールの周りを回転しながら加熱され、およそ100万度のプラズマからなる円盤が形成される。この高温に相当するエネルギーのX線が放射され、それを観測することで私たちはブラックホールとそれをとりまく円盤の存在を知ることができる。
こうして初めてブラックホールの存在が確認されたのが、約7000光年の距離にあるはくちょう座X-1だ。はくちょう座X-1は太陽質量の21倍のブラックホールと太陽質量の41倍の青色超巨星から成る連星系で、X線で最も明るく輝く天体の一つである。
ブラックホールの方向をさらに高エネルギーのX線で観測すると、円盤の100万度をさらに上回る、約10億度に加熱されたプラズマが発していると思われるX線も検出されている。この超高温プラズマは「コロナ」と呼ばれているが、ブラックホール近傍のどこにあるかはわかっていなかった。
ブラックホール周辺では、コロナから円盤の方へ放たれたX線が散乱されるなどの過程で偏光(振動が一定の方向に揃った状態)が起こると考えられる。そこで、米・ワシントン大学のHenric Krawczynskiさんたちの研究チームは、2021年12月に打ち上げられたNASAとイタリア宇宙機関のX線偏光観測衛星「IXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)」を用いてはくちょう座X-1を観測した。X線偏光を高感度で観測できるIXPEで偏光の度合いを調べれば、コロナと円盤の位置関係が推測できると期待される。
観測の結果、はくちょう座X-1のコロナが放つX線のごく一部は、円盤と垂直な方向に偏光していた。この状況を説明できるモデルは、コロナが円盤の両面を上下から挟むように覆っているか、円盤とブラックホールの間にコロナが位置しているというものだ。ブラックホール近傍からは円盤と垂直な方向に高速で噴出する「ジェット」と呼ばれるプラズマの流れがあり、コロナはこのジェットを取り巻くように分布しているという仮説もあったが、今回の観測では否定されている。
今回の観測はコロナからのX線が明るい時期に行われたが、タイミングによってはコロナの輝きがほとんど見られず、円盤からのX線が非常に明るくなることもある。これは円盤が通常よりもブラックホールの近傍まで引き込まれているときだと考えられる。その際にはブラックホールの強力な重力場による時空のひずみでX線偏光が変化すると予想され、IXPEの観測によって強重力場下の物理の検証や、ブラックホールの自転速度の測定が可能になるだろう。
〈参照〉
- 理化学研究所:ブラックホールからX線の偏光を初観測 - ブラックホール近傍のコロナの位置や形状が明らかに
- University of Washington:Polarized X-rays reveal shape, orientation of extremely hot matter around black hole
- Science:Polarized x-rays constrain the disk-jet geometry in the black hole x-ray binary Cygnus X-1 論文
〈関連リンク〉
- IXPE:
- NICER
- NuSTAR:
関連記事
- 2024/09/30 ブラックホールの自転による超高光度円盤の歳差運動を世界で初めて実証
- 2024/09/19 鮮やかにとらえられた天の川銀河の最果ての星形成
- 2024/09/05 ブラックホール周囲の降着円盤の乱流構造を超高解像度シミュレーションで解明
- 2024/08/02 X線偏光でとらえたブラックホール近傍の秒スケール変動
- 2024/06/03 天の川銀河内初、高速ジェットと分子雲の直接相互作用が明らかに
- 2024/04/22 最も重い恒星質量ブラックホールを発見
- 2023/12/01 ガンマ線と可視光線偏光の同時観測で迫る光速ジェット
- 2023/10/02 ジェットの周期的歳差運動が裏付けた、銀河中心ブラックホールの自転
- 2023/09/25 銀河中心ブラックホールのジェットが抑制する星形成
- 2023/08/04 合体前のブラックホールは決まった質量を持つ?
- 2023/06/12 プラズマの放射冷却で探るM87ジェットの磁場強度
- 2023/05/01 超大質量ブラックホールの降着円盤とジェットの同時撮影に成功
- 2023/01/06 ほ座パルサー星雲のX線偏光は、かに星雲の2倍以上
- 2022/12/06 M87ブラックホールのジェットがゆるやかに加速する仕組み
- 2022/11/29 マグネターの超強磁場、X線偏光で初めて観測的に確認
- 2022/11/28 クエーサーから絞り出されるジェットの根元
- 2022/11/25 銀河中心核のブラックホールを取り巻く塵のリングを検出
- 2022/11/10 「一番近いブラックホール」の記録更新
- 2022/10/24 観測史上最強規模のガンマ線バーストが発生
- 2022/10/21 X線偏光観測衛星「IXPE」が超新星残骸の謎に迫る