ブラックホール周囲の降着円盤の乱流構造を超高解像度シミュレーションで解明
【2024年9月5日 東北大学】
ブラックホールの周囲には、プラズマ状のガスが回転しながら落ち込む「降着円盤」が広がっている。降着円盤は数百万度から1000万度と極めて高温で、複雑に乱れた電磁場を持つ乱流状態にある。乱流によってガスの角運動量が外側へ運び出されることで、ブラックホールに物質が落下できるようになる。また、乱流が粒子を加熱して高エネルギー化することによって、地球から観測できる電磁波が生み出されている。
この乱流の詳細な性質、とくに大きなスケールの渦と小さなスケールの渦をつなぐ「慣性領域」の物理的性質は、長年謎に包まれたままだった。性質が明らかになればブラックホール近傍の電波観測データを解釈するための重要な手がかりとなるが、これまでのコンピューターの性能では、十分なシミュレーションの解像度が得られていなかった。
東北大学学際科学フロンティア研究所の川面洋平さんたちの研究チームは、「富岳」や国立天文台の「アテルイII」といった最先端のスーパーコンピューターを用いて極めて高い解像度のシミュレーションを実施し、降着円盤におけるプラズマ乱流の慣性領域を初めて詳細に観察することに成功した。
シミュレーションの結果、渦のサイズが小さくなるにつれて運動エネルギーと磁気エネルギーが等分配され、磁場と流れ場の区別がつかなくなることがわかった。また、慣性領域では遅い磁気音波が支配的で、アルベン波の約2倍のエネルギーを持っていることが明らかになり、降着円盤内では電子よりイオンの方が効率的に加熱されているという結論が得られた。
降着円盤と同様に電子とイオンからなる太陽風では、運動エネルギーと磁気エネルギーが等分配された状態が観測されていることから、エネルギー等分配状態は宇宙空間に存在する乱流に普遍的な性質と考えられる。一方で、太陽風ではアルベン波が支配的であることも観測されていて、今回の研究による発見は正反対だ。今回の研究により、降着円盤の乱流と太陽風の乱流の本質的な違いが明らかになった。
また、降着円盤では乱流状態の電磁場と荷電粒子が相互作用し、一部の粒子が極めて高エネルギーに加速される。このような高エネルギー粒子は、長年の謎である高エネルギー宇宙線の源である可能性があり、今回の研究を進めることで宇宙線起源の謎に迫ることができるかもしれない。
今回の研究成果は、ブラックホールシャドウの観測データを理解する上でも重要な手がかりとなり、ブラックホールの回転速度の高精度な決定につながると期待される。今回の研究結果をもとに、様々なシミュレーションと観測データとを詳細に比較することで、ブラックホール周辺の極限環境下での物理現象の理解がさらに深まるだろう。
〈参照〉
- 東北大学:ブラックホールに吸い込まれる降着円盤の乱流構造を解明 ─ 最先端スパコンによる超高解像度シミュレーションで実現
- Science Advances:Inertial range of magnetorotational turbulence 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/11/01 天の川銀河中心の大質量ブラックホールの観測データを再解析
- 2024/09/30 ブラックホールの自転による超高光度円盤の歳差運動を世界で初めて実証
- 2024/08/02 X線偏光でとらえたブラックホール近傍の秒スケール変動
- 2024/04/22 最も重い恒星質量ブラックホールを発見
- 2024/03/05 超大質量ブラックホールの周りに隠れていたプラズマガスの2つのリング
- 2023/08/04 合体前のブラックホールは決まった質量を持つ?
- 2023/05/01 超大質量ブラックホールの降着円盤とジェットの同時撮影に成功
- 2022/12/06 M87ブラックホールのジェットがゆるやかに加速する仕組み
- 2022/12/01 ブラックホールを取り巻くコロナの分布、X線偏光で明らかに
- 2022/11/10 「一番近いブラックホール」の記録更新
- 2022/10/24 観測史上最強規模のガンマ線バーストが発生
- 2022/07/25 「ブラックホール警察」、隠れたブラックホールを発見
- 2022/06/15 伴星を持たない単独ブラックホール候補天体、初発見
- 2022/05/23 降着円盤の構造をとらえる新たな手法、可視光線とX線の高速同時観測
- 2022/05/16 【レポート】いて座A*ブラックホールシャドウ記者会見
- 2022/05/13 天の川銀河の中心ブラックホールを撮影成功
- 2022/03/14 X線と電波が交互に強まるブラックホールの「心電図」
- 2022/03/09 「一番近いブラックホール」の存在、否定される
- 2022/03/03 太陽表面の乱流運動を深層学習でとらえる
- 2021/12/10 X線偏光観測衛星「IXPE」、打ち上げ成功