合体前のブラックホールは決まった質量を持つ?
【2023年8月4日 ハイデルベルク理論研究所】
2015年に重力波が初めて検出されて以来、これまでに米欧の重力波望遠鏡「LIGO」「Virgo」によって、ブラックホールの合体による重力波が、未確定だが可能性が高いものも含めて約70件検出されている。
ブラックホール連星は互いの周りを公転しながら重力波を放出し、だんだんと距離が近づいて、最後には1個のブラックホールへと合体する。放出される重力波はブラックホール同士の距離が近づくほど周波数が高く、振幅が大きくなる。この特徴的な重力波は「チャープ(chirp; 「甲高く鳴く」という意味)」と呼ばれていて、チャープの波形から「チャープ質量」という量を求めることができる。
チャープ質量は2個のブラックホールの質量の和と積で表すことができ、2個の質量の幾何平均(2つの質量を掛けて平方根を取った値)に近い値をとる。大ざっぱにいえば、合体前のブラックホール1個が持つ質量の目安がチャープ質量だと言ってもよい。チャープ質量がわかれば、2個のブラックホールそれぞれの質量も計算できる。
これまでに検出されている重力波イベントでは、チャープ質量が太陽質量の約8倍または約14倍という現象が最も多く、これらの中間のチャープ質量を持つ現象はなぜかほとんど見つかっていない。つまり、合体前のブラックホールはある決まった質量を持つものが多いようなのだ。
この「チャープ質量のギャップ」について、独・ハイデルベルク理論研究所のFabian Schneiderさんたちの研究チームでは、近接連星がブラックホール連星へと進化して合体するというモデルを使って解析を行った。
Schneiderさんたちは、近接連星の星で起こる「外層のはぎ取り」に着目してシミュレーションを行った。近接連星では、片方の星が赤色巨星へと進化して膨張すると、膨らんだ外層のガスが相手の星に降着してはぎ取られる。外層を失ってコアだけになった星は、やがて超新星爆発を起こしてブラックホールになる。近接連星では2つの星がそれぞれこのような進化を経て、最終的にブラックホール連星ができる。
解析の結果、近接連星の両方の星が外層のはぎ取りを受けてブラックホール連星になる場合、ブラックホールの質量は太陽質量の約9倍か約16倍になることが多いことがわかった。この傾向は重元素をあまり含まない近接連星でもほぼ同じだった。
この結果から、重力波源のチャープ質量が太陽質量の約8倍と14倍にピークを持ち、中間がほとんどないという観測結果は、近接連星からできたブラックホール連星にこうした質量のかたよりがあるせいだと考えれば説明できる、と研究チームは考えている。
「チャープ質量がいつも同じになるという今回の結果は、どのようにブラックホールが生まれるかを私たちに教えてくれるだけでなく、どの星が超新星爆発を起こすかを推測するのにも使えます」(Schneiderさん)。
ただし、重力波イベントの検出数はまだ少ないため、チャープ質量にギャップがあるという観測事実自体が幻だという可能性もある。LIGOは5月24日から第4期の観測(O4)を開始しており、今後重力波の検出数が増えることで、ブラックホールの合体についてより理解が深まるだろう。
〈参照〉
- HITS:The Universal Sound of Black Holes
- The Astrophysical Journal Letters:Bimodal Black Hole Mass Distribution and Chirp Masses of Binary Black Hole Mergers 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/09/30 ブラックホールの自転による超高光度円盤の歳差運動を世界で初めて実証
- 2024/09/05 ブラックホール周囲の降着円盤の乱流構造を超高解像度シミュレーションで解明
- 2024/08/02 X線偏光でとらえたブラックホール近傍の秒スケール変動
- 2024/04/22 最も重い恒星質量ブラックホールを発見
- 2023/12/04 X線突発天体監視速報衛星「こよう」、打ち上げ成功
- 2023/07/05 「宇宙の灯台」を乱す低周波重力波の証拠
- 2023/04/14 ブラックホールの合体で光は放たれるか?
- 2022/12/08 波長10光年の重力波検出目指し、パルサーを超精密観測
- 2022/12/06 M87ブラックホールのジェットがゆるやかに加速する仕組み
- 2022/12/01 ブラックホールを取り巻くコロナの分布、X線偏光で明らかに
- 2022/11/10 「一番近いブラックホール」の記録更新
- 2022/11/02 中性子星の合体でレアアースが作られていた
- 2022/10/24 観測史上最強規模のガンマ線バーストが発生
- 2022/10/19 中性子星の合体で放出された、ほぼ光速のジェット
- 2022/07/25 「ブラックホール警察」、隠れたブラックホールを発見
- 2022/06/15 伴星を持たない単独ブラックホール候補天体、初発見
- 2022/05/16 【レポート】いて座A*ブラックホールシャドウ記者会見
- 2022/05/13 天の川銀河の中心ブラックホールを撮影成功
- 2022/03/22 巨大ブラックホールの隣で起こったブラックホール合体
- 2022/03/14 X線と電波が交互に強まるブラックホールの「心電図」