「かぐや」の観測で発見、月を取り巻く希薄なイオンは太陽風が作る
【2026年3月6日 大阪大学理学研究科・理学部】
月には大気はないが、月面から放出された微量の原子・分子が弱い重力で月面近くに一時的にとどまっており、これを「外気圏」と呼んでいる。外気圏には炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)などの多様なイオンが存在するが、こうした揮発性元素のイオンは外気圏に数十秒~数分しかとどまれないため、揮発性イオンがつねに生み出されて外気圏に供給されるしくみがあると考えられている。
外気圏に物質が供給されるメカニズムとしては主に、太陽光が月面の物質を電離する「光イオン化」、太陽風に含まれる高エネルギーの水素イオンが月面に衝突して原子・分子を叩き出す「スパッタリング」、微小隕石の衝突による「衝突イオン化」という3つのしくみが考えられている。しかし、外気圏に供給されるイオンの定量的な評価はされておらず、あまり理解が進んでいなかった。

(上)地球と月の外気圏(Exosphere)。地球の大気(左)は、外気圏・熱圏・中間圏・成層圏・対流圏の5層に分かれる。厚い大気を持たない月(右)には薄い外気圏しかない(スケールは実際とは異なる)。(下)月の外気圏にイオンが供給されるメカニズムのイメージイラスト(提供:(上段)NASA、(下段)大阪大学リリース)
大阪大学の寺田健太郎さんたちの研究チームは、日本の月周回衛星「かぐや」が観測したデータを使うことで、個々の元素の時間変動を詳しくとらえる新たな手法を考えた。「かぐや」のイオン質量分析器で得られた長期間のデータを、昼/夜、あるいは月の位相ごとに分類し、元素ごとの量や比率を調べるというものだ。
月面では、夜間には太陽の影響を受けない。また、満月ごろの月は地球磁気圏の中に入るため、この期間は地球磁場が太陽風をさえぎる。寺田さんたちはこうした条件を利用して、イオンを生み出す複数のメカニズムを切り分けた。
分析の結果、月面が夜の期間と、昼間でも満月ごろに当たるときには、イオンの強度は低くほぼ一定だった。一方、月が磁気圏の外にいる期間の昼間には、イオンの強度は大きく変動していた。外気圏のC、N、Oイオンの強度は太陽風に含まれる水素の密度と相関があり、外気圏の昼側に存在するC、N、Oイオンは主に太陽風によって生成されていることが明らかになった。

(左)太陽・地球・月の位置関係。地球磁気圏は太陽風の影響で太陽の反対側に伸びており、満月ごろの月はその中に入る。(右)月の外気圏でのイオンの量。月の位相と、昼(赤)/夜(黒)での違いを示す。夜はイオンの量が一貫して少ない。昼のイオンの量は高いが、月が地球磁気圏の中にいる満月のころは昼でも低い。画像クリックで表示拡大(提供:大阪大学リリース、以下同)
また、C+とO+の比の時間変化を詳しく解析した結果、流星群の直後に外気圏で一時的に炭素が増える現象が世界で初めて発見された。月面には小惑星に起源を持つ微小隕石がつねに衝突しており、流星群の時期にはこれに加えて流星群の母彗星に起源を持つ塵も降りそそぐことになるが、今回の発見は、彗星塵の方が微小隕石よりも炭素の比率(C/O比)が高いことを示唆している。
寺田さんたちは窒素と酸素の比率(N+/O+比)の変動についても解析し、月面には外気圏イオンの源として、「窒素の比率(N+/C+比)が高い成分」と「窒素のない酸化炭素(CO または CO2)由来の成分」という、起源の異なる2種類の成分が存在することを明らかにした。これらの成分が太陽風の照射を受けることで、外気圏にC、N、Oイオンがつねに供給されているようだ。

(a) 「かぐや」がとらえた炭素イオンの量と太陽風粒子の密度の関係。太陽風粒子が多い時期ほど炭素イオンも増えるが、満月の時期は昼間(赤)でも炭素イオンは少ない。(b)炭素イオンの量と C+/O+比の関係。9月12日(9月ペルセウス座ε流星群の直後)、11月18~20日(しし座流星群の直後)、11月26~28日(アンドロメダ座流星群の直後)にC+/O+比が高まる現象がみられた。画像クリックで表示拡大
今回明らかになった炭素・窒素の比率の時間変動は、「かぐや」の長期連続観測データを昼夜・位相ごとに細かく見たことで得られた世界初の知見だ。これまでの研究では、太陽風のスパッタリングが効く「昼」の時間積算データだけを主に解析していたため、元素ごとの日周変動が十分にとらえられていなかった。
今回の成果によって、生命を形づくるC、N、Oが月面にどのように供給・貯蔵され、散逸していくのかという過程の理解が大きく進んだ。これは、将来の月面有人活動に向けて、月資源を利用したり月面環境を理解したりする上でも基礎となる重要な情報だ。また、太陽風や流星雨などの外的な要因が月の元素の分布に与える影響を観測的に初めて明らかにした点でも意義は大きい。
「『月』は昔から私たちの暮らしや文化と深く結びついてきました。最近では、人類の活動圏を宇宙に広げる新たな拠点としても注目を集めています。宇宙からの影響によって、月の表面に存在する炭素・窒素・酸素などの生命必須元素の割合が大きく変動していることを、初めて観測的に明らかにしました。この発見が、月という身近でありながら未知に満ちた天体の見方を新たにし、自然や科学への好奇心を呼び起こすきっかけになれば、研究者としてこれ以上の喜びはありません」(寺田さん)。
〈参照〉
- 大阪大学理学研究科・理学部:欠けた月の見方が変わる!?「月」の希薄な大気イオンの時間変化を発見 −月周回衛星「かぐや」が明らかにしたCNOイオン生成メカニズム−
- Nature Geoscience:Daily variations of carbon, nitrogen and oxygen ions in a thin lunar atmosphere 論文
〈関連リンク〉
- 月周回衛星「かぐや」
- アストロアーツ 天体写真ギャラリー:月
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