かに星雲から観測史上最高エネルギーのガンマ線を検出
【2019年8月2日 東京大学宇宙線研究所】
1054年におうし座の一角に出現した超新星の名残は、現在「かに星雲」という超新星残骸として観測される。アマチュア天文家の観望や撮影対象として人気がある天体であると同時に、学術的にも非常に精力的に研究が行われており、電波、可視光線、X線、ガンマ線と幅広い波長領域で観測されている。
これまでの観測において、かに星雲から検出されたガンマ線の最高エネルギーは75TeV(テラ電子ボルト)だった。これは可視光線のエネルギーの数兆倍という超高エネルギーだ。一方で、天体からのガンマ線はエネルギーが高いほど強度が弱く、安定した長時間の観測が必要になるなどの理由から、他の天体を含めて100TeV以上のガンマ線が観測されたことはなかった。
弘前大学の雨森道紘さんたちは「チベットASγ実験グループ」という国際研究グループで、中国チベット自治区の標高4300mの高原に設置されたチベット空気シャワー観測装置を用いて超高エネルギー宇宙線を観測している。高エネルギーの宇宙線やガンマ線が地球大気に衝突すると「空気シャワー」という現象が起こって多数の粒子が発生するので、その観測から宇宙線やガンマ線のエネルギーや到来方向を調べるという研究だ。
天体からやってくる高エネルギーのガンマ線の強度は、一様にやってくる宇宙線雑音の数百分の1以下しかない。この雑音を減らすため、研究グループでは空気シャワーに含まれるミューオンの数に着目した。ガンマ線起源の空気シャワー中のミューオン数は、宇宙線起源のものの50分の1程度なので、ミューオン数の計測からガンマ線と宇宙線雑音とを区別できる。
チベットASγ実験による2014年から約2年間のデータを解析した結果、かに星雲の方向から100TeVを超えるようなガンマ線が約20回観測されていたことが明らかになった。最高エネルギーは450TeVにも達しており、これは従来の最高記録の6倍も高い観測成功例となる。
こうした高エネルギーのガンマ線は、次のような過程で生成されたと考えられている。まず、超新星爆発後の数百年間に、電子が星雲中で超高エネルギー(ペタ電子ボルト=1000TeV)まで加速される。この加速された電子が、宇宙全体を一様に満たす宇宙マイクロ波背景放射(ビッグバンの名残)と衝突すると、宇宙マイクロ波背景放射が電子により叩き上げられ、450TeVのガンマ線になったというものだ。この解釈が正しければ、かに星雲は私たちが知る天体のうちで“天の川銀河内最強の電子の天然加速器”と考えられる。
現在、南米のボリビアにも、チベットASγ実験と類似の観測装置「ALPACA」の建設が計画されている。今後同様の観測、研究が進むことで、天の川銀河内の宇宙線のエネルギー限界や発生原理、発生源を特定できるようになると期待される。
〈参照〉
- 東京大学宇宙線研究所:かに星雲から史上最高エネルギーのガンマ線を観測
- Physical Review Letters:First Detection of Photons with Energy beyond 100 TeV from an Astrophysical Source 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2023/05/31 世界最高解像度の気球望遠鏡が宇宙ガンマ線を観測
- 2023/02/13 ガンマ線観測でダークマター粒子の性質をしぼり込む新成果
- 2023/01/20 磁場による電子の超加速を地上実験で再現
- 2022/12/14 隕石のアミノ酸はガンマ線で作られた可能性
- 2022/12/12 【星ナビ取材】ガンマ線でリュウグウの謎に挑む研究の最前線
- 2022/09/12 フェルミバブルで最も明るいガンマ線源、実は奥の矮小楕円銀河だった
- 2022/06/21 軟ガンマ線の画像化技術を確立、銀河中心やかに星雲を気球観測
- 2022/06/14 超新星爆発せずに生まれたミリ秒パルサー、過剰ガンマ線の起源か
- 2021/10/01 謎のガンマ線・ニュートリノの源は「暗い」巨大ブラックホールかも
- 2021/08/30 超新星残骸の陽子起源ガンマ線を分離測定、宇宙線の加速を裏付け
- 2021/04/16 かにパルサーの巨大電波パルスとともにX線も増光
- 2021/04/07 天の川銀河に潜む「ペバトロン」の証拠、観測史上最高エネルギーの光子
- 2021/03/09 天の川銀河最強の宇宙線源、初めて候補を発見
- 2018/10/23 ガンマ線天体をつないだ「星座」をNASAが公表、「ゴジラ」「ふじさん」など
- 2018/07/10 新たな宇宙線源、りゅうこつ座エータ星
- 2018/01/29 3種の高エネルギー粒子の起源は同じかもしれない
- 2017/08/14 気球から観測、かにパルサーの硬X線偏光
- 2017/07/25 天の川銀河中心に高エネルギー宇宙線のトラップ
- 2017/05/12 電波+赤外線+可視光線+紫外線+X線で観測された、かに星雲
- 2015/12/21 ガンマ線で輝く最遠方の超大質量ブラックホール