第4回天文遺産に金星太陽面通過観測地と太陽黒点スケッチ群
【2022年3月4日 日本天文学会】
日本天文学会は、天文学・暦学的な視点で歴史的意義のある史跡や文献を「日本天文遺産」として認定し、それらの保存や普及、活用を図っている。第4回目となる2021年度の遺産には、「明治7年金星太陽面通過観測地」(長崎県長崎市、兵庫県神戸市、神奈川県横浜市)と「小山ひさ子氏の太陽黒点スケッチ群」が選定された。
明治7年金星太陽面通過観測地
「明治7年金星太陽面通過観測地」は、1874(明治7)年12月9日に起こった金星の太陽面通過のために諸外国から集まった観測隊が観測を実施した地点を指す。
かつて、金星の太陽面通過を観測することは天文学における一大プロジェクトだった。地球上の複数の地点から金星を観測すれば、そのずれの大きさから太陽と地球の距離を求めることができるからだ。1716年にエドモンド・ハレーが国際的な観測計画を提案し、1761年と1769年の金星の太陽面通過で実行に移されたが、十分な精度が得られなかった。次の機会である1874年にも欧米各国が観測好条件の東アジアとオセアニアなどに観測隊を派遣し、日本でも長崎・神戸・横浜で観測が行われた。
長崎では、フランス隊が金比羅山(長崎市西山町)で、アメリカ隊が大平山(現・星取山。長崎市上戸町)で観測を行った。当日は悪天候に見舞われてしまったが、現在でもフランス隊の観測碑と観測台が残されている。
神戸では、フランス隊の分隊が諏訪山(現・諏訪山公園、神戸市中央区諏訪山町)で観測し、写真撮影に成功した。同地には当時設立された記念碑が残されている。
横浜では、メキシコ隊が野毛山(現・個人宅内、横浜市西区宮崎町)と山手本村(現・フェリス女学院高等学校内、横浜市中区山手町)で観測を行った。個人宅には当時の観測台が残されている。観測100周年の1974年には、神奈川県立青少年センターとフェリス女学院にそれぞれ記念碑が設置された。
1874年の金星太陽面通過は、1888年に東京天文台が発足するよりも前であり、外国からの観測隊に協力・随従した日本人たちにとっては最先端の観測技術を学ぶまたとない機会となった。明治維新から間もない当時の日本において、近代的な天体観測が行われて日本の関係者が実地に学んだという意味において、日本の天文学の黎明を告げるものであったと言える。
小山ひさ子氏の太陽黒点スケッチ群
「小山ひさ子氏の黒点スケッチ群」は、国立科学博物館(旧・東京科学博物館)で生涯にわたって太陽観測を続けた小山ひさ子さん(1916~1997年)が残した、1945年から1996年までの太陽黒点のスケッチの記録である。スケッチのオリジナルは国立科学博物館の筑波研究施設で保存・保管されている。また同博物館では、初期の観測をのぞいて、デジタルデータベースでスケッチを公開している。
小山さんはほぼ一貫して国立科学博物館の口径20cm屈折望遠鏡を使い、直径30cmの太陽像を投影して黒点をスケッチし続けた。全く同じ方法で観測を続けたということは、それだけデータが安定していることを意味する。太陽黒点の観測には400年以上の歴史があり、観測者や観測装置ごとのデータのズレを較正するのは至難の業だが、小山さんのように長期間安定した観測記録はそれらをつなぎあわせるための基準となり得る。
長らく、小山さんの名前は研究者たちの間では知られていなかったが、近年になって注目され、その業績は国際天文論文誌などでも紹介されるようになった。小山さんの黒点スケッチは、太陽活動の復元において国際的に大きく貢献し、日本の天文学史上の価値はきわめて高い。
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