超大質量ブラックホール周辺のドーナツ構造が膨らむ原因をとらえる

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銀河中心の超大質量ブラックホールを囲むドーナツ状構造であるトーラスは、内部のガスが激しく運動することで厚みを持つと考えられる。このガスの動きを観測する新手法が提唱された。

【2022年8月31日 JAXA宇宙科学研究所

多くの銀河の中心には、太陽の数十万倍から数億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールが潜んでいると考えられる。その一部は、周囲から大量のガスが流れ込むことで莫大なエネルギーを生み出していて、活動銀河核と呼ばれる。活動銀河核の中にはクエーサーのように明るく輝くものもあれば、光の一部が何かに遮られたかのようなものもあるが、こうした違いを説明するための活動銀河核統一理論が1980年代に提唱された。

活動銀河核統一理論では、超大質量ブラックホールがトーラスと呼ばれる、ガスや塵からなる厚いドーナツ状の構造に囲まれているとされる。地球からドーナツの穴が見えるように傾いている活動銀河核は明るく、横向きであればトーラスのガスや塵によって光が遮られてしまうというわけだ。この説明が成り立つには、トーラスが十分な厚みを持つ必要がある。

しかし、物質が単純に中心へ落下するモデルを考えた場合、ブラックホールの周りには薄い円盤しか形成されないはずだ。そのため、トーラス内部のガスが激しく運動することで厚みが生じていると考えられているが、これを観測で確かめるのは難しい。トーラスの大きさは銀河全体の1万分の1程度しかないため、既存の望遠鏡でも解像度が足りないのだ。

東京大学大学院理学系研究科/JAXA宇宙科学研究所の松本光生さんたちの研究チームは、トーラスを近赤外線で分光観測したときのスペクトルに見られる一酸化炭素振動回転遷移吸収線に着目した研究を行ってきた。この吸収線は、トーラス内部の一酸化炭素が特定波長の近赤外線を吸収することで生じる。一酸化炭素が私たちから見て近づいたり遠ざかったりしていれば、ドップラー効果によって吸収線の波長が変化するため、吸収線のスペクトルからトーラス内のガス運動を調べることができるはずだ。

一酸化炭素吸収線スペクトルの観測
観測者が一酸化炭素吸収線スペクトルを観測している様子。囲み内のスペクトル内の各線は、一酸化炭素分子内の様々な遷移に伴う吸収線を表しており、速度が正の場合は観測者から遠ざかるガスによる吸収、負の場合は観測者に向かって近づくガスによる吸収を意味する。観測されたスペクトルは3つの速度成分(図下の赤、緑、青)を持ち、それぞれの成分はトーラス内の噴き出すガス、降着しているガス、静止しているガスに起源がある(提供:Matsumoto et al. 2022)

超大質量ブラックホール周辺のガスの流れに関する理論モデルを元に計算したところ、近赤外線の多くはトーラスの最も内側、10分の1の領域で放たれ、トーラス内の一酸化炭素分子によって吸収されているとわかった。

さらに、一酸化炭素の吸収スペクトルからは3つの異なる速度で運動するガスの流れが検出できることがわかった。1つは中心へと降着するガスで、残る2つはブラックホールの活動によって噴出するガスだ。過去の同研究チームの観測でも同じような吸収線スペクトルを観測できており、今回の理論予測と整合している。

計算モデルによると、噴出するガスがトーラスに厚みを生じさせる原因だと考えられている。つまり、一酸化炭素の吸収線を詳しく調べることで、トーラスの構造が形成されるメカニズムを検証できるはずだ。この手法は直接の撮像が不可能である遠方の天体にも適用できるので、すばる望遠鏡やジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などを用いて数多くの活動銀河核を観測すれば、トーラスが厚くなる仕組みを解明できると期待される。

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