プラズマの放射冷却で探るM87ジェットの磁場強度
【2023年6月12日 国立天文台VERA】
おとめ座の方向約5500万光年の距離に位置する楕円銀河M87は、中心に位置する超大質量ブラックホールのシャドウが撮影されたことで知られる。銀河中心の超大質量ブラックホールのなかには、引き寄せたガスの一部を光速に近いスピードで噴出しているものがあり、M87の中心核もその一つだ。このような「活動銀河核ジェット」の噴出には磁場が深く関与していると考えられるが、その磁場の強度については未解明な点が多い。
韓国天文研究院(KASI)および延世大学のHyunwook Roさんたちの研究チームは、日韓合同VLBI観測網「KaVA」を用いてM87のジェットを2つの周波数帯でほぼ同時に観測し、ジェット中の磁場強度の推定を試みた。
ブラックホール近辺から噴出された物質は、非常に高温のプラズマ状態になっている。このプラズマは磁場が強いところほど短時間で冷えるため、プラズマの冷え具合を調べることで磁場強度が推定可能だ。Roさんたちは今回、あまり冷えていないプラズマに対応する22GHz帯とよく冷えたプラズマに対応する43GHz帯の周波数帯で観測を行った。
解析の結果、超大質量ブラックホールからの距離が約2~10光年の範囲で、ジェットの磁場強度が0.3~1ガウス程度であることがわかった。この強度をジェット根元のブラックホールの近傍まで外挿すると、ジェット中の磁場強度は中心からの距離に反比例することが示唆される。ブラックホール近傍のジェット中の磁束が、著しく散逸されることなく下流まで運ばれていることを示す結果だ。
「現在開発中のVERA3.5mm帯(86GHz帯)受信機が完成すれば、今後M87ジェットのさらに根元付近での放射冷却の様子や磁場を探ることが可能になると期待されます」(国立天文台水沢VLBI観測所 秦和弘さん)。
〈参照〉
- 国立天文台VERA:プラズマの放射冷却で探るM87ジェットの磁場強度
- Astronomy & Astrophysics:Spectral analysis of a parsec-scale jet in M 87: Observational constraint on the magnetic field strengths in the jet 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2024/09/19 鮮やかにとらえられた天の川銀河の最果ての星形成
- 2024/06/03 天の川銀河内初、高速ジェットと分子雲の直接相互作用が明らかに
- 2024/04/03 天の川銀河中心のブラックホールの縁に渦巻く磁場構造を発見
- 2024/01/24 初撮影から1年後のM87ブラックホールの姿
- 2024/01/19 天の川銀河の折り重なる磁場を初めて測定
- 2023/12/01 ガンマ線と可視光線偏光の同時観測で迫る光速ジェット
- 2023/10/02 ジェットの周期的歳差運動が裏付けた、銀河中心ブラックホールの自転
- 2023/09/25 銀河中心ブラックホールのジェットが抑制する星形成
- 2023/06/29 太陽の熱対流が磁場をねじり、フレアを起こす
- 2023/05/26 木星大気の長期変動は「ねじれ振動」に起因する可能性
- 2023/05/01 超大質量ブラックホールの降着円盤とジェットの同時撮影に成功
- 2023/01/30 磁場が支えていた大質量星への物質供給
- 2023/01/06 ほ座パルサー星雲のX線偏光は、かに星雲の2倍以上
- 2022/12/06 M87ブラックホールのジェットがゆるやかに加速する仕組み
- 2022/12/01 ブラックホールを取り巻くコロナの分布、X線偏光で明らかに
- 2022/11/28 クエーサーから絞り出されるジェットの根元
- 2022/11/25 銀河中心核のブラックホールを取り巻く塵のリングを検出
- 2022/10/19 中性子星の合体で放出された、ほぼ光速のジェット
- 2022/08/29 宇宙最初の星は「ひとりっ子」で誕生する
- 2022/07/05 M87のブラックホールシャドウ、見えてなかった可能性