塩素やカリウムは活動的な大質量星の内部で作られた
【2025年12月10日 明治大学】
私たちの身の回りに存在する炭素や酸素、鉄といった元素は、恒星内部の核融合反応で作られ、恒星風や超新星爆発によって宇宙空間に広がっていったと考えられている。しかし、塩素やカリウムのように起源がはっきりとしていない元素もある。理論計算によると、これらの元素は星の内部でほとんど作られないはずであり、観測される量と比べておよそ10分の1程度しか生成されないと予測されているのだ。
JAXAのX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」の国際共同研究チーム(XRISM Collaboration)は、XRISMに搭載されている軟X線分光装置「Resolve(リゾルブ)」を用いて、大質量星が爆発してできた超新星残骸「カシオペヤ座A」を観測した。Resolveは従来の検出器よりもひと桁優れたエネルギー分解能をもち、X線スペクトルを精密に調べることができる。

超新星残骸カシオペヤ座A。XRISMによるX線データを青、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によるデータを赤と緑で表した擬似カラー画像。下の黄線はResolveの観測結果(提供:明治大学/京都大学/JAXA/NASA/ESA/CSA)
その結果、これまでのX線観測では見えなかった塩素とカリウムの放射線が明確に検出された。とくにカリウムについては非常に確度が高く、X線天文学史上初の確実な検出である。また、これらの元素の量が通常の理論計算よりもはるかに多いことも明らかになった。

カシオペヤ座AのX線スペクトル。(青)Resolveによるスペクトル。高いエネルギー分解能により、塩素(Cl)やカリウム(K)が検出されている。(灰)X線衛星Chandlerによるスペクトル。塩素などの存在はわからない。(上部)カリウム輝線の周辺拡大図。赤色の実線はカリウムを含む放射モデル、オレンジ色の点線はカリウムを含まない放射モデルを示す(提供:JAXA)
さらに、これらの元素の分布が星の「酸素の多い領域」に集中していることもわかった。これは、塩素やカリウムが超新星爆発時ではなく、星がまだ生きていた段階、つまり超新星爆発の前に形成されていた可能性が高いことを示している。
では、通常の理論で説明できないほど大量の塩素やカリウムはどのように作られたのだろうか。今回の観測結果を理論モデルと比較したところ、自転の速い星や連星として別の星と相互作用していた星、あるいは恒星内部で異なる核燃焼層が混ざり合う「シェルマージャー」という現象を起こしていた星のモデルが、観測値とよく一致した。これらは星の内部を激しくかき乱し、元素を通常より効率的に作り出すことが理論的に示唆されてきたが、今回の研究はその観測的な証拠を初めて与えたものとなる。

XRISMによるカシオペヤ座Aの元素量の測定結果(赤データ点)と理論モデル(灰色領域)との比較。通常の超新星モデルではカシオペヤ座Aの元素量、とくに塩素とカリウムの量を説明できない(提供:明治大学/京都大学)
研究チームは今後、他の超新星残骸でも同様の元素分布を調べる予定だ。今回の塩素とカリウムのような生命の材料だけでなく、様々な元素がどのようにして宇宙に供給されているかが明らかになり、「宇宙のレシピ」の解明が進むことが期待される。
〈参照〉
- 明治大学:巨大な星の活動で作られた生命必須元素ー超新星残骸観測で掴んだ塩素・カリウムの大量生成の証拠ー
- Nature Astronomy:Chlorine and potassium enrichment in the Cassiopeia A supernova remnant 論文
〈関連リンク〉
- XRISM:
- アストロアーツ 天体写真ギャラリー:カシオペヤ座A
関連記事
- 2025/09/05 超新星残骸から「星の死に際の瞬間」の情報が得られた
- 2025/08/19 新種の超新星残骸か、XRISMが明かしたW49Bの3次元構造
- 2025/07/30 小さな銀河から吹き出す7つの巨大バブル
- 2025/07/09 8か月かかる銀河の精密シミュレーションをAIで2か月に短縮
- 2025/07/02 月の表と裏の違いを解く鍵は塩素にあった
- 2025/04/15 ニュートリノ集団振動を考慮した3次元超新星爆発シミュレーションを実現
- 2025/04/08 超新星残骸に刻まれた傷痕をXRISMが観測
- 2024/12/25 星ナビ2月号は「ときめく超新星残骸」と「美しく星が滲むソフトフィルター」
- 2024/09/24 「XRISM」の観測で超新星残骸、活動銀河核の新たな成果
- 2024/07/31 超新星残骸が宇宙線を生み出す「強い磁場」の証拠を確認
- 2024/07/12 現代に再び目覚めた、『吾妻鏡』の超新星残骸
- 2024/03/06 X線分光撮像衛星XRISMの初期科学観測データ公開
- 2023/10/26 AIが高速で描く超新星爆発の広がり
- 2023/06/29 X線天文画像を鮮明にする新手法
- 2023/06/26 生まれたての太陽系を超新星爆発から守った盾
- 2022/12/07 不変どころか激動する宇宙:450周年のティコの超新星残骸
- 2022/10/24 観測史上最強規模のガンマ線バーストが発生
- 2022/10/21 X線偏光観測衛星「IXPE」が超新星残骸の謎に迫る
- 2021/12/16 光度変化が特異なIa型超新星は、特異な進化過程を経て爆発した
- 2021/12/10 X線偏光観測衛星「IXPE」、打ち上げ成功











![[アストロアーツ かけはしプロジェクト:つなげよう日本 子供達の未来を守るために]](https://www.astroarts.co.jp/official/kakehashi/image/kakehashi_s.jpg)