鉄の原子とイオンが出すX線のわずかな違いがXRISMで見えた

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X線天文衛星「XRISM」がX線パルサーを観測したデータの解析で、中性の鉄原子から出るとされてきた蛍光X線が、実は弱く電離した鉄イオンから出たものであることがわかった。

【2026年4月16日 XRISM

鉄(Fe)は宇宙に豊富に存在する原子で、原子核の周りを26個の軌道電子が回っている。鉄原子が強いX線を受けると、一部の電子がより高いエネルギーの軌道に移り、この電子が元の軌道に戻るときに特定のエネルギーのX線(蛍光X線)を出す。とくに、「2p」から「1s」という軌道に電子が戻るときに出る「Fe Kα輝線」は約6.4keVのエネルギーを持つ明るい輝線で、ブラックホールや中性子星の周りの物質分布や状態を探るためによく利用される。

こうした蛍光X線は一般に、中性原子よりも電子を多く失ったイオンの方が輝線のエネルギーが高くなる。たとえば、電子を24個失った「ヘリウム状鉄イオン」は、16個失った「ネオン状鉄イオン」よりもエネルギーの高いKα輝線を放つ。

一方、失った電子の数(価数)が2~8個ぐらいの鉄イオンでは、量子力学的な効果によって、電離度が高くなるほどKα輝線のエネルギーがわずかに下がるという変わった性質がある。ただし、この効果でエネルギーが下がる度合いは最大でも4eV程度で、蛍光X線のエネルギーの1/1000ほどしかないため、従来のX線天文衛星ではこの差はとらえられなかった。そのため、これまではFe Kα輝線は中性の鉄から放射されたものとみなすのが普通だった。

蛍光輝線のエネルギーの変化と3d軌道の収縮の様子
(左)鉄イオンの電離度に対する、蛍光X線のエネルギーの変化(中性鉄輝線からのエネルギー差として表記)。(右上)各電子軌道の確率密度分布。電子がいるおおよその位置を表す。(右下)鉄イオンの電離に伴う3d軌道の収縮の様子。鉄イオンの電離度が高くなると、3d軌道が内側に移動することで、2p軌道の状態が変わる。そのため、2pから1sに電子が戻るときに出るKα輝線のエネルギーが少し下がる(提供:JAXA、以下同)

2024年2月、日本のX線分光撮像衛星「XRISM」のX線分光装置「Resolve」で、X線連星の「ケンタウルス座X-3」が約2日間にわたって観測された。この天体は地球から約2万光年の距離にあり、史上初めて見つかったX線パルサーとして知られる。青色超巨星と中性子星からなる連星で、超巨星から中性子星にガスが降り積もっている降着型パルサーだ。

ケンタウルス座X-3の模式図
ケンタウルス座X-3の模式図

この観測では、Fe Kα輝線の変動から求められたケンタウルス座X-3の視線速度が可視光線観測で得られた値より約100km/sも大きいことがわかっていたが、その原因は不明だった。

Fe Kα輝線エネルギーの公転位相変動
ケンタウルス座X-3の観測から得られたFe Kα輝線の時間変化。縦軸は静止系での中性鉄の輝線エネルギーと、実際に観測された輝線エネルギーの差を示す。連星系の公転によってX線のエネルギーは周期変動し、その平均値(灰色の破線)が連星系自体の後退速度を表すはずだが、この値が可視光線の観測で得られた後退速度(緑色の線)と一致していなかった

京都大学の永井悠太郎さんたちの研究チームは、このケンタウルス座X-3のKα輝線が中性の鉄原子ではなく、電離度の低い鉄イオンから放射されているのではないかと考えた。仮に、Kα輝線が鉄イオンから放射されたもので、約6.4keVの輝線のエネルギーが1eVだけ低かった(=赤方偏移している)とすると、あたかも天体がドップラー効果で約50km/sだけ大きな視線速度を持つように見えるはずだ。

そこで永井さんたちは、「Fe Kβ輝線」という別の弱い輝線をKα輝線と比べる分析を行った。Kβ輝線は電子が「3p」という軌道から1s軌道に戻る際に出るX線で、電離度が高いほどエネルギーが単調に増える特徴を持つため、この2種類の輝線のエネルギー差を調べれば、鉄の正確な電離度を導き出せる。

分析の結果、ケンタウルス座X-3の鉄は平均で5価程度まで電離していることがわかった。この電離度をもとにドップラー効果の影響を補正すると、X線観測から得られた視線速度が可視光線観測の結果と誤差の範囲で完璧に一致することが確認された。Kα輝線付近で史上最高のエネルギー分解能を誇るResolveの性能があってこそ得られた成果だ。

ケンタウルス座X-3のスペクトル
Resolveで得られたケンタウルス座X-3のX線スペクトル

今回の研究成果は、マクロで極限的な天体現象を「宇宙の実験場」として使うことで、原子内の電子の状態というミクロな物理過程を調べられることを実証したものでもある。「高エネルギーを放射する降着型パルサーが引き起こす大規模でダイナミックな現象から、原子レベルのミクロな物理過程を垣間見ることができるというのは驚くべきことです」(永井さん)。

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