100億年前の光から鉄とマグネシウムの存在量を推定
誕生直後の宇宙に存在した元素はほぼ水素とヘリウムだけであり、それ以外の「重元素」は恒星の内部で起こる核融合反応で作られたものだ。重元素は、恒星から吹き出す恒星風や、星が一生の最期に起こす超新星爆発によって周囲にばらまかれたと考えられている。そのため、過去にさかのぼって重元素の存在量をたどれば星の進化史を間接的に調査できるはずだ。
恒星の表面の組成は、誕生時に存在した重元素の量を反映していると考えられる。そこで、化石を調べるように年老いた恒星を観測することで、宇宙における元素量の変化を調べるという研究がなされてきた。しかし、恒星の年齢を正確に見積もるのは難しい。また、観測対象が私たちから近いものに限られるので、その観測結果が他の銀河や宇宙全体にも当てはめられるとは限らない。
別の手段として、過去の宇宙を直接観測することが考えられる。光の速度は有限なので、遠方を観測すればそれだけ過去にさかのぼることができる。また、長い距離を旅してきた光の波長は宇宙の膨張によって伸びるため、年代を計算しやすい。ただし、遠い分だけ天体の光も弱くなるため、相応の観測装置が必要となる。
東京大学の鮫島寛明さんたちの研究チームは、東京大学と京都産業大学が共同開発した近赤外線高分散分光器「WINERED」をヨーロッパ南天天文台・ラシーヤ観測所の新技術望遠鏡(NTT;New Technology Telescope)に搭載し、約100億光年離れたクエーサー6天体の分光観測を行った。従来これほど遠いクエーサーは、すばる望遠鏡のような世界最大級の望遠鏡でなければ観測が難しかったが、高い感度の観測装置を使うことで、口径3.6mの望遠鏡でも遠方のクエーサー観測が可能となったのだ。
クエーサーの光からは鉄とマグネシウムがそれぞれ発する輝線が検出された。鉄が生成されるのは主に連星系で、マグネシウムは主に大質量星で生成されるので、その比率は星の進化史を調査するための重要な情報である。これまでの研究では、クエーサーが発する輝線の強さだけを見て元素の存在について議論するにとどまっていたが、鮫島さんたちはガスの輝線放射シミュレーションをもとにマグネシウムと鉄の存在量比を推定した上で、宇宙全体における元素の変化の理論予測と比べた。
先行研究では、比較的近傍にあるクエーサーの観測を通じて推定した鉄とマグネシウムの存在量比は理論予測と一致することが示されていた。今回、鮫島さんたちによる研究で、さらに昔の宇宙でも一致することが明らかになった。
今後はさらに大型の望遠鏡を活用して、より遠方(過去)のクエーサーを観測することが期待されている。138億年前の宇宙誕生から10億年以内という早い時代における鉄などの重元素を調べることで、それを作る最初の恒星が生まれた時代もわかるかもしれない。
〈参照〉
- 東京大学大学院理学系研究科・理学部:天文学で探る鉄の起源―100億年前の宇宙における鉄の存在量の推定に成功
- The Astrophysical Journal:Mg II and Fe II Fluxes of Luminous Quasars at z ~ 2.7 and the Evaluation of the Baldwin Effect in the Flux-to-abundance Conversion Method for Quasars 論文
〈関連リンク〉
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