太陽風だけで水を生成できることを実証
【2021年3月5日 JAXA宇宙科学研究所】
天体の表面を太陽が照らせば暖かくなり、そこに水があれば蒸発してしまうはずだ。大気のない天体では、蒸発した水はそのまま宇宙空間に逃げてしまう。だが、もっと微量なレベルに注目すると、大気のない環境では太陽からの照射が水を生むこともあるらしい。ここでいう太陽からの照射というのは、光ではなく太陽風だ。
太陽風が水(H2O)の生成に関わるのは、太陽風に含まれる水素イオン(H+)が鉱物に含まれる酸素イオン(O2-)と結びつくことによる。従来の研究では、太陽風の照射で直接作られるのは水酸基(-OH)であり、そこから水分子が形成されるには微小隕石の衝突が必要だとされていたが、宇宙航空研究開発機構の仲内悠祐さんたちの研究によれば、水酸基から水を作り出すのも太陽風だけで実現できるという。
仲内さんたちは、炭素質隕石に含まれるケイ酸塩鉱物の一種、蛇紋石(serpentine)と石鹸石(saponite)の粉末サンプルに水素イオンビームを照射する実験を行い、照射前後の成分を比較した。その結果、鉱物中のSi-O(ケイ素-酸素)結合が破壊されて、新たにSi-OHやH2Oが生成されたことが確認された。水素イオンの照射で水酸基のみならず水も生成されることを、世界で初めて示したものだ。
この実験を元に計算すると、太陽から地球や月に届く水素イオンにより、わずか100~1000年という短い時間で、それ以上水酸基や水を生成できないところまで反応を進めることができるという。微小隕石の衝突が水の生成に必要だとする従来の理論では100万~1000万年という長いスケールを要するが、これを1万分の1にまで短縮するということになる。
月も大気を持たない天体であり、形成初期に全ての水が蒸発してしまったと考えられる。現在の月では、小天体の衝突で運ばれた氷が永久に太陽光が当たらないクレーターの内部で保存されるという特殊な状況でのみ水が貯蔵されていると考えられてきたが、最近になって表層の広い範囲に水分子が存在する可能性が指摘され(参照:「日の当たる月面にも水分子が存在」)、そこに太陽風が関わっているのではないかと議論されている。
今回の研究結果は、月の表層にどれだけの水資源が存在するかを見積もる上でも重要なものと言えそうだ。
〈参照〉
- JAXA宇宙科学研究所:天体表層で水はシンプルに作られる
- 若狭湾エネルギー研究センター:~小惑星の水の謎に迫る!~ JAXA/エネ研の共同研究成果
- Icarus:The formation of H2O and Si-OH by H2+ irradiation in major minerals of carbonaceous chondrites 論文
〈関連リンク〉
関連記事
- 2023/11/06 宇宙嵐を発達させるプラズマは太陽風ではなかった
- 2023/07/25 水星探査機「みお」、X線オーロラを起こす電子を観測
- 2023/02/01 金星の大気は太陽風を阻む
- 2022/03/23 【訃報】太陽風の概念を提唱、ユージン・パーカーさん
- 2020/12/22 宇宙空間でイオンが電子より高温になる理由を解明
- 2020/09/28 彗星でも「オーロラ」が発生する
- 2019/12/12 パーカー・ソーラー・プローブの初期成果、太陽の折れ曲がる磁場や塵の穴を観測
- 2019/07/30 地球大気の流出量は磁気嵐のタイプによって異なる
- 2019/04/16 太陽風によって温められる木星大気
- 2018/08/13 太陽探査機「パーカー・ソーラー・プローブ」打ち上げ
- 2018/07/26 太陽の外部コロナの構造
- 2018/06/14 太陽風が吹くと太陽圏が膨らむ
- 2018/02/15 太陽からの紫外線が火星の大気散逸に及ぼす影響
- 2017/10/27 火星にねじれた磁場の尾が存在
- 2017/09/20 月の土壌に含まれる水の全球分布図
- 2017/01/26 太陽系最強の木星磁気圏に太陽風の影響
- 2016/07/27 オーロラエネルギー取り込みの仕組みを衛星観測で解明
- 2016/03/23 「ひさき」で探る、木星のX線オーロラと太陽風の関係
- 2015/11/10 メイブンが解明した、太陽風による火星大気のはぎ取り
- 2015/07/17 太陽風の玉突き事故で起こった大規模磁気嵐